社会システムの再構築が求められる

今の日本社会は、家族に対して不可能を強いている。介護という重荷を、ほぼ個人の責任に押し付け、十分なサポート体制を築いてこなかった。その歪みが、今まさに「家族じまい」という形で噴出しているのだ。
介護する側の人生が完全に犠牲になるような現状は、もはや持続可能ではない。平均介護期間は実に10年以上。仕事を辞め、キャリアを中断し、経済的な損失を背負い、心身ともに疲弊する。若い世代が最も輝くべき人生の時期に、親の介護によって人生の可能性を閉ざされていく。これは個人の問題ではなく、社会全体の構造的な課題なのだ。
介護をする家族への経済的支援は、現在のわずかな介護手当では到底不十分である。実際の介護コストの一部しかカバーできておらず、多くの家族が経済的に追い詰められている。介護休暇制度も、建前だけのものになっているケースが多い。実際に長期の休暇を取得すれば、キャリアへのダメージは避けられない。企業も、介護で休む社員に対して依然として冷ややかな目線を向けている。
メンタルヘルスケアの視点も決定的に欠けている。介護は単なる身体的なケアではない。精神的な消耗、孤独感、無力感との闘いでもある。しかし、介護者のメンタルヘルスをサポートするシステムは極めて脆弱だ。心理カウンセリングや、介護者同士がつながれる支援グループなど、実質的なサポート体制が圧倒的に不足している。
地域コミュニティの再構築も重要な課題である。かつての「向こう三軒両隣」のような相互扶助の精神を、現代的な形で蘇らせる必要がある。介護を家族だけの問題にせず、地域全体で支える仕組みづくりが求められる。専門家、近隣住民、行政が連携し、面的なケアネットワークを構築することが不可欠だ。
また、働き方改革と介護の両立を真剣に考えなければならない。フレックスタイムや在宅勤務、短時間勤務など、介護をしながら働き続けられる柔軟な労働環境の整備が急務だ。単に制度を作るだけでなく、企業文化そのものを変革していく必要がある。
最も根本的に変えるべきは、家族に対する社会の価値観だ。介護を個人の責任や美徳としてではなく、社会全体で支えるべき公共的な課題として捉え直す必要がある。血のつながりを超えた、新しいケアと支え合いの形を模索しなければならない。
税制面での支援、介護保険制度の抜本的な見直し、介護人材の待遇改善など、多角的なアプローチが求められる。一人一人が尊厳を持ち、自分らしい人生を選択できる社会。それが私たちが目指すべき未来なのだ。

まとめ
「家族じまい」という言葉は、決して家族への否定や拒絶を意味するものではない。むしろ、硬直化した従来の家族の概念から解放され、より柔軟で健全な人間関係を模索する社会の変革の兆しと捉えるべきだろう。
血のつながりを超えた、新しいケアと絆の形を私たちは模索している。一人一人が自分らしく生き、互いを尊重し合える社会。それが21世紀の私たちが目指すべき理想の姿なのではないだろうか。
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