日本経済”七不思議
全ての現象にはおそらく何かしらの原因があって引き起こされるものだ。こと経済においても今日に至るまでには様々な上昇や停滞の様相を見せ、国民を良くも悪くも右往左往させていた。我々はこういった日本の経済状況を「七不思議」と呼ぼうと思うのだが、もしかすると案外不思議ではないのかもしれない。日本経済は独特な構造や歴史的な背景、そして文化的な要因が複雑に絡み合って生み出されたものである。今回はこれらの現象について、日本経済の本質や課題、そして将来の方向性について考察してみよう。
長期デフレ
日本経済の最も顕著な特徴の一つが、長期にわたるデフレである。1990年代のバブル崩壊以降、日本はほぼ約30年近くにわたりデフレに悩まされてきた。これは先進国の中でも極めて珍しい現象であるようだ。
デフレというのは経済にとって非常に深刻な問題であり、物価が継続的に下落することで、消費者は「今買うよりも後で買った方が安くなる」と考え、消費を先送りする傾向が強まってしまう。言うまでもなく需要の減少につながり、そして企業の利益を圧迫し、賃金を上げにくくなる。その結果消費が冷え込むという悪循環に陥ってしまうのである。
日本のデフレが長期化した要因は複雑だが、主な原因は、バブル崩壊後の過剰債務問題や人口減少と高齢化による需要の構造的減少、そしてグローバル化による競争激化などが挙げられる。また、日本企業の「価格を下げてでも市場シェアを維持する」という行動様式も、デフレを助長した一因と言えるかもしれない。
消費者物価指数(総合)の前年比の推移(平成元年~30年)
注)月例経済報告におけるデフレに関する記載の変遷等を踏まえ、平成期をここでは便宜次の3つの時代に区分
1. バブル崩壊を経て、物価上昇率が低下した時代(「デフレ前の時代」、平成元年~12年)
2. 物価が持続的に下落した時代(「デフレの時代」、平成13年~24年)
3. 物価が上昇基調に転じた時代(「デフレ脱却に向かう時代」、平成25年~)
資料:総務省統計局「消費者物価指数」
出典:総務省統計局ホームページ (https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1193.html)
そこで日本銀行は、このデフレを脱却するために様々な金融政策を実施してきた。特に2013年以降の「異次元緩和」と呼ばれる大規模な金融緩和政策は、一時的にデフレ脱却の兆しを見せたのだが、完全な脱却には至っていない。
デフレからの脱却は単純な流れでは解決できないが、それは日本経済の持続的な成長のために不可欠である。賃金上昇と物価上昇の好循環を作り出し、消費を活性化させることが重要であると同時に、生産性の向上や新たな産業の育成など、供給サイドの改革も必要不可欠だろうと考える。
巨額の政府債務
日本の政府債務は、2024年現在、対GDP比で200%を超えており、先進国の中で最悪の水準である。これは第二次世界大戦後の高度経済成長期以降、景気対策のための財政出動を繰り返してきた結果であると考えられる。特に1990年代以降のバブル崩壊後の景気低迷期には、大規模な財政出動が行われた。
通常、このレベルの政府債務を抱える国は、国際金融市場から厳しい監視の目にさらされ、国債の金利が上昇するリスクに直面する。しかし、日本の場合、国債の大部分が国内で保有されており、海外からの借り入れへの依存度が低いことが特徴である。また、日本銀行による大規模な国債買い入れも、金利の上昇を抑制する要因となっている。
この状況は一見すると持続可能なように見えるのだが、長期的には大きなリスクをはらんでいるのである。人口減少と高齢化が進む中で、将来的な税収の減少と社会保障費の増大が予想されており、この影響も相まって財政状況がさらに悪化する可能性があるのだ。
また、日本銀行による国債の大量保有は、金融政策の自由度を制限し、将来的なインフレリスクを高める可能性がある。さらに、国内貯蓄が減少に転じた場合、海外からの借り入れへの依存度が高まり、金利上昇のリスクが顕在化する可能性もはらんでいる。
政府債務問題の解決には、経済成長による税収増加と、歳出の効率化が不可欠であるのだが、急激な財政緊縮は経済成長を阻害するリスクもあるため、慎重なバランスが求められている。中長期的な視点での財政健全化計画の策定は必要不可欠で、それを着実に実行していくことが重要ではないだろうか。
一般会計税収、歳出総額及び公債発行額の推移
(注1)令和4年度までは決算、令和5年度は補正後予算、令和6年度は予算による。
(注2)公債発行額は、平成2年度は湾岸地域における平和回復活動を支援する財源を調達するための臨時特別公債、平成6~8年度は消費税率3%から5%への引上げに先行して行った減税による租税収入の減 少を補うための減税特例公債、平成23年度は東日本大震災からの復興のために実施する施策の財源を調達するための復興債、平成24年度及び25年度は基礎年金国庫負担2分の1を実現する財源を調達するため の年金特例公債を除いている。
(注3)令和5年度の歳出については、令和6年度以降の防衛力整備計画対象経費の財源として活用する防衛力強化資金繰入4.4兆円が含まれている。
資料:財務省「財政に関する資料」
出典:財務省ウェブサイト https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/a02.htm
低金利
日本の金利は、1990年代以降、長期にわたって極めて低い水準で推移している。日本銀行の政策金利はゼロ近辺で推移し、長期金利も1%を下回る水準が続く。これは、デフレ脱却と経済成長促進のための金融緩和政策の結果であろう。
低金利政策は、企業の資金調達コストを引き下げ、設備投資を促進する効果はある。また個人においては、住宅ローンなどの借入コストを下げることで、個人消費を支援する役割も果たしているのだが、長期にわたる低金利は、様々な問題も引き起こしている。
まず、銀行の収益性に大きな影響を与えていることである。預金と貸出の金利差(利ざや)が縮小し、銀行の基本的な収益源が圧迫されている。これは、特に地方銀行にとって深刻な問題となっている。
また、低金利は資産運用にも大きな影響を与える。安全資産とされる国債の利回りが極めて低いため、機関投資家や個人投資家はリスクの高い資産への投資を余儀なくしている。これは金融市場の不安定性を高める要因となる可能性がある。さらに、低金利は経済の新陳代謝を阻害する側面もあり、本来であれば市場から退出すべき非効率な企業が、低金利の恩恵で存続を続けることができてしまう。これは生産性向上を妨げる部分においてはマイナス要因であると考える。
高い貯蓄率
日本の家計貯蓄率は、かつては世界的に見ても非常に高い水準にあった。これによって日本の高度経済成長を支える重要な要因の一つとなったのだが、近年では貯蓄率は低下傾向にあり、特に若年層の貯蓄率の低下が顕著である。それでも、国際的に見れば日本の貯蓄率は依然として高い水準にあり、この高い貯蓄率は、日本経済の特徴の一つと言える。
高い貯蓄率の背景には、日本人特有の倹約精神や漠然とした将来への不安の払拭のため、そして社会保障制度への不信感などがあると考えられる。特に年金制度の持続可能性への不安は、老後に備えた貯蓄を増やす要因となる。高い貯蓄率は、一面では経済にとってプラスの要因であり、国内での投資資金を確保できるため、海外からの資金調達への依存度を低く抑えることができるという点では利点となる。これは、日本が巨額の政府債務を抱えながらも、国債金利を低水準に保つことができている要因の一つである。だがその一方で高い貯蓄率は消費を抑制する要因ともなり、経済成長の足かせになるという側面もある。特にデフレ下では「貯蓄のパラドックス」と呼ばれる現象が起こる。個人が将来に備えて貯蓄を増やそうとすると、全体の需要が減少し、かえって経済が縮小してしまうからだ。
今後、人口減少と高齢化の社会が進む中で、貯蓄率の更なる低下が予想される。それにより、国内の投資資金の減少につながり、日本経済の構造変化をもたらす可能性を持っている。
政策的には、社会保障制度の持続可能性を高め、将来不安を軽減することが重要であると考える。それと同時に、貯蓄から投資へのシフトを促進し、資産運用の多様化を図ることや、消費を活性化させるための施策も重要。そういったバランスの取れた政策が求められる。
生産性の低さ
日本の労働生産性は、OECD諸国の中で下位に位置している。特にサービス業の生産性の低さが顕著であり、日本経済の大きな課題の一つと言えるだろう。
生産性の低さの要因は複雑であるが、まず、日本企業の多くが「終身雇用」「年功序列」といった伝統的な雇用慣行を維持していることが挙げられる。これらの制度は、従業員の忠誠心を高め、長期的な視点での人材育成を可能にする一方で、柔軟な人材配置や成果主義的な評価を難しくしているのが現状である。
また、日本企業の多くが、「ジョブ型」ではなく「メンバーシップ型」の雇用形態を採用していることも、生産性向上の障害となっている。職務内容が明確に定義されていないため、個人の専門性を高めることが難しく、また、成果の評価も曖昧になりがちである。さらに、日本企業の意思決定プロセスの遅さも生産性を低下させる要因となっていると思われる。「根回し」や「稟議制度」といった日本特有の慣行は、コンセンサスを重視する日本の文化を反映したものですが、迅速な意思決定を妨げる側面もあります。
技術革新への対応の遅れも指摘されている。特にデジタル化やAI活用の面で、日本企業は欧米企業に後れを取っている現状がある。これは既存のビジネスモデルや組織構造を変革することへの抵抗感が強いことが一因と考えられる。
生産性を向上するということは、日本経済の成長のためには不可欠である。特に今、人口減少が進む現状の中で、一人当たりの生産性を高めるにはどうしたら良いかということを考えていく必要があるように思う。政策的には、労働市場の流動性を高め、成果主義的な評価システムや風潮を高めていくことが必要だろうと思う。また、デジタル化やAI活用を推進するための支援策も必要。教育面では、リカレント教育の充実や、STEM(科学・技術・工学・数学)教育の強化が求められるだろう。企業側も、従来の慣行にとらわれず、柔軟な組織運営や迅速な意思決定プロセスの構築に取り組む必要があると考える。また、オープンイノベーションの推進や、スタートアップとの連携強化も重要な戦略となると思われる。
高い国内物価
日本の国内物価は、現在特に食料品や日用品において値上がりが続いており、国際的に見ても高い水準にあるという事実がある。これは、しばしば「内外価格差」として問題視されている。高い国内物価の背景には、様々な要因があるが、まず、日本の流通構造の複雑さが挙げられる。多段階の流通経路が存在し、それぞれの段階でマージンが上乗せされることで、最終的な小売価格が押し上げられているのはご存知の通り。また、日本の小売業界の構造として、大型スーパーやディスカウントストアの進出を制限する大規模小売店舗立地法(大店立地法)などの規制が、小売業界の競争を制限し、価格の高止まりをもたらしている面もあるだろう。
農業分野では、補助金制度等によって国内農業が保護されており、これが食料品の価格を押し上げる要因となる場合もある。
さらに、日本特有の商慣行も物価高の一因であり、例えば、メーカーが小売店の販売価格を事実上指定する「建値制」や、返品を前提とした取引慣行などが、コストを押し上げる要因ともなり得る。高い国内物価は、消費者の購買力を低下させ、生活水準に影響を与える。そして、インバウンド需要をも抑制してしまう可能性があるのだ。
だが一方で、高品質な商品やサービスを提供する日本企業にとっては、ある程度の高価格が品質維持のために必要という面もある。きめ細かなサービスや、「おもてなし」の精神に基づく付加価値の高いサービスは、日本の強みの一つでもある。
政策的には、流通構造の簡素化や規制緩和を進めることで、競争を促進し、価格の引き下げを図ることが重要である。また、農業分野では、生産性の向上と国際競争力強化を通じて、食料品価格の適正化を目指す必要があるのではないだろうか。同時に、日本企業には、高品質・高付加価値戦略と並行して、コスト削減や効率化にも取り組むことが求めらる。デジタル技術の活用やサプライチェーンの最適化など、様々な手段を通じて競争力を高めていく必要がある。
消費者側も、価格比較サイトの活用やネット通販の利用など、賢い購買行動を心がけることで、市場に競争圧力をかけることができる。高い国内物価の問題は、日本経済の構造的な課題の一つであり、その解決には時間がかかると思われるが、今後さらにグローバル化が進む中、この問題に取り組むことは日本経済の競争力強化のためには必要不可欠であると考える。
労働市場の二重構造
日本の労働市場には、正規雇用と非正規雇用の間に大きな格差が存在する「二重構造」が存在する。今でこそ政府は「同一労働、同一賃金」の改革的なものを掲げているが、この二重構造は日本経済の大きな特徴の一つであり、同時に重要な社会問題となっているのである。
正規雇用は、一般的に終身雇用や年功序列賃金、充実した福利厚生などの特徴を持つ。一方、非正規雇用(パートタイム、アルバイト、契約社員、派遣社員など)は、雇用の安定性が低く、賃金水準も正規雇用に比べて低いのが一般的である。
この二重構造が形成された背景には、1990年代以降の長期的な経済停滞があった。企業は人件費削減のために非正規雇用を増やし、同時に雇用の柔軟性を確保しようとした。また、労働者派遣法の改正など、非正規雇用を促進する法制度の変更も影響している。こういった労働市場の二重構造は、様々な問題を引き起こしている。まず、所得格差の拡大が挙げられており、非正規雇用の増加は、中間所得層の縮小につながり、社会の二極化を促進することとなる。また、全てがそうとは言い切れないが、非正規雇用の増加は、若者の将来不安を高め、結婚や出産を躊躇させる要因ともなっており、少子化問題にも影響を与えている。さらに、非正規雇用者は企業内での教育訓練の機会が少ないため、スキルアップが難しく、生産性の向上が阻害されている。言わずもがな日本経済全体の成長にとってもマイナスとなるだろう。
しかしながら一方では、非正規雇用には柔軟な働き方を可能にするというメリットもある。育児や介護と仕事の両立を望む人や、複数の仕事を掛け持ちしたい人にとっては、非正規雇用は相応しい選択肢の一つとなっている。
この問題の解決に向けては、「同一労働同一賃金」の原則の徹底や、正規・非正規の垣根を低くする「限定正社員」制度の普及などが進められている。また、非正規雇用者のスキルアップを支援する教育訓練制度の充実も重要である。企業側も、多様な働き方を認める柔軟な雇用制度の導入や、非正規雇用者のキャリアパスの整備などに取り組むべきことが重要である。
労働市場の二重構造の解消は、日本経済の持続的成長と社会の安定のために不可欠。しかし、急激な変革は企業経営に大きな影響を与える可能性があるため、慎重かつ段階的なアプローチが求められる。
まとめ
このように、日本経済の「七不思議」に取り組むことは、単に経済問題の解決にとどまらず、日本社会全体の変革と向上につながる可能性を秘めていると考える。それは、より豊かで、より公平で、より持続可能な社会の実現への道筋となるのである。
だがこれらの変革を実現するためには、社会全体の意識改革が最も必要である。長年続いてきた慣行や価値観を見直し、新しい時代に適応していく柔軟性が求められる。例えば、「終身雇用」や「年功序列」といった従来の雇用慣行にとらわれず、個人の能力と成果に基づく評価システムを受け入れる柔軟な姿勢が必要である。
そして「安定志向」から「挑戦志向」への価値観の転換も重要です。リスクを恐れずに新しいことに挑戦する起業家精神を社会全体で育んでいく必要があると考える。
教育システムも、暗記中心の教育から、創造性や問題解決能力を重視する教育へのシフトが求められている。また、STEM教育の強化や、lifelong learningを支援する教育システムの構築も重要である。
メディアの役割も重要である。単に問題点を指摘するだけでなく、建設的な議論を促進し、社会全体で課題解決に取り組む機運を醸成することが求められる。
日本経済の「七不思議」の解決は、経済システムの改革にとどまらず、社会全体の変革につながる大きな挑戦である。しかし、この挑戦に真摯に取り組むことで、日本は新たな成長モデルを世界に示すことができるはず。人口減少や高齢化、そしてグローバル化やデジタル化といった大きな変化の中で、日本がいかに持続可能な成長を実現するか。それは、単に日本一国の問題ではなく、同様の課題に直面する他の先進国にとっても示唆を与えるものである。
これらの課題解決への議論は、別の角度から見れば、日本が新たな成長モデルを構築するための重要な機会でもあり、これらの課題を克服することで、日本は21世紀の新たな経済社会システムのモデルを世界に示すことができるかもしれないと思っている。その道のりは決して平坦ではないだろうが、我が国には高い技術力、勤勉な国民性、そして危機を乗り越えてきた歴史がある。これらの強みを活かし、社会全体で知恵を絞り、協力して取り組むことで、必ずや道は開けるはず。
日本経済の未来は、まさに私たち一人一人の手にかかっているのである。「七不思議」を解き明かし、新たな本物の時代を築くために、今こそ行動を起こす時である。