東海エリア第2回目となる今回は、名古屋市北区大曽根で隠れ家レストラン「ビストロ葵舎」を営む勲(いさお)さんの「仕事」についてインタビューしてきました!
「ビストロ葵舎」は、テレビ番組「人生最高レストラン」に俳優・早乙女太一さんが出演した際に、お店を紹介されたことでも有名。名物・パイ生地ピザを筆頭に、どのメニューも本当に美味しいのですが、何よりも勲さんと奥様のきっきさんの人柄が何よりもステキなので、足しげく通う常連さんが多いお店でもあります。
勲さんは、元・大衆演劇の役者という珍しい経歴の持ち主。役者を辞めて、夫婦二人三脚でお店を営むようになった経緯や、将来飲食店を開きたい方へのアドバイス、「夫婦で働く」ことについて詳しくお聞きしました!
■プロフィール ■ビストロ葵舎 イタリアンや創作料理、名古屋めしなどを提供する創業27年の洋風居酒屋・レストラン。「納豆ペペタマ」、「かぼちゃのパイ包み」、「パイ生地ピザ(各種)」など数々の絶品料理が揃う。俳優・早乙女太一さんが「人生最高レストラン」で紹介したメニューは「ハチミツチーズピザ」と「納豆ペペタマ」。お店は大通り沿いにありながら、一見するとおしゃれな個人の住宅といった外観。うっかりすると通り過ぎてしまいそうになるほど。入口階段横の「OPEN」の看板が目印。 勲さん:僕は福岡の生まれなのですが、家が色々あって14歳で大衆演劇の劇団に入ることになりました。転校もたくさんしましたよ。昔、大曽根に劇場があって、17歳の頃そこの舞台に立つことになりまして。そこへお客さんで来ていたのが、奥さん(きっきさん)。奥さんは地元が大曽根で、その日は知り合いの人に誘われてたまたま来ていたんですね。それで、もう一目惚れ(笑)。19歳で大衆演劇を辞めて、奥さんと結婚しました。 勲さん:何故辞めたかって言うと、「2人でやれることを仕事にしたいな」と思ったからです。それで一緒に僕の地元の福岡に戻ることにしました。福岡の叔父が「飲食やるなら、魚の目利きくらいわからないとダメでしょ」って、天神にある仲買の魚市場を紹介してくれました。ちょっとこれは惚気になるんですが、市場の仕事は朝が早くて2:00とかなんですよ。当時奥さんは1人目の子供がお腹にいたのですが、僕が仕事の日は毎日車で送り迎えしてくれました(照れ笑い)。 勲さん:市場には1年弱いたのですが、やっぱり飲食がやりたかったのと、僕自身もまだ20歳と若く、当時の大人の社会に納得いかないことも多々あって悩んでいました。そんな時、住み込みで働ける名古屋のお店を紹介してもらいました。 勲さん:いえ、ちゃんこ鍋と家庭料理的な居酒屋でした。当時流行り出した、居酒屋チェーン店の走りとも言えるお店です。そのお店の息子さんが継いだ後は、ちゃんこ鍋から洋風居酒屋になりました。5年間修業させてもらってから、25歳で独立しました。 勲さん:今でこそビストロですが、最初の頃は串カツ屋がやりたかったです(笑)。でも、昔の大曽根には、老舗の小料理屋さんや居酒屋さんが沢山あったので、僕ら新参者が居酒屋激戦区に参入しても難しいかなと思ったんです。当時、“イタ飯”って言ってイタリアンが流行りだした頃だったのですが、大曽根にそういった洋風のお店がまだなかったので始めました。 勲さん:しかも、その頃の飲み屋さんって、やんちゃな人が多くてあまりガラが良くなかった。洋風のお店だとやんちゃな人は入ってきづらいという利点もありました。 勲さん:ところがお店を開けて1年経った時に火事が起きてしまって。2軒隣の家から出た火が燃え移って、お店が半焼しちゃったんです。半焼でよかったですよ。全焼だったら、今頃店を閉めていました。しかも、火事が起きたのが1周年記念をやっている時。3日間やっていたのですが、1日目は盛り上がって、2日目はそこまで盛り上がらず、なにか派手なことでもパーっとやりたいなって思っていたらまさかの火事ですよ。野次馬が集まってきて、違う意味で盛り上がってしまいました(苦笑)。僕は一周年で顔を舞台化粧で真っ黒に塗ってるし、店の上が自宅なんですが、うちの長男と姉の子供がゲームしているところを、慌てて2人共抱えて避難して。その時、奥さんは次男がお腹にいる状態でした。 勲さん:お店が営業できないので、収入がなくなるし、修繕費でお金は飛んでいくし、お店の備品は中古が大半だったので、火災保険がほとんど降りませんでした。でも2番目の子供が生まれるわ、火事で住むところも無いわで、これはどうにかしなきゃと。1ヶ月ちょっとくらいで店の応急処置をしてもらって、営業再開しました。でも、やはり劣化はしてくるので4、5年経ってから1度店内のリニューアル工事をしました。 1
福岡県出身、52歳。14歳の頃大衆演劇の劇団に入り、全国各地を回る。17歳の頃、巡業中に奥様・きっきさんと運命的な出会いを果たす。19歳できっきさんとの結婚を機に、役者を辞め飲食の道へ。福岡で5年、名古屋で5年修業後、「ビストロ葵舎」をオープン。お店が火事の被害に遭ったり、さまざまな苦難を乗り越えつつ、2人のお子様を育てあげた。現在、夫婦それぞれ複業をしながら2人でお店を切り盛りしている。



住所:愛知県名古屋市北区大曽根1丁目22‐36
営業時間:18:00~24:00頃(※平日は23:00頃閉店する場合もあり)
定休日:月・火
支払方法:現金
予約:可(※LINEもしくはInstagramのDMにて)
公式Instagram
公式X「仕事」を語る上で欠かせない奥様の存在
ーーーー「ビストロ葵舎」をオープンするまでにどんな仕事をしていたのでしょうか?

ーーーーまさに運命の出会いですね!演劇を辞められたのは何故ですか?ーーーー(惚気話が尊いです……!)ーーーー洋食のお店だったのですか?ーーーー現在の「ビストロ葵舎」の形になるまでにどんなアイディアがあったのでしょうかーーーー世の中のトレンドを敏感に察知して、他のお店と差別化を図った訳ですね?
やっとオープンしたお店が火事の被害に
ーーーー皆さんご無事で何よりでした……!その後はどうなったのでしょうか?
リニューアルして大曽根の“隠れ家”に
ーーーー2023年には外観もガラッとリニューアルされましたね。












































































