ペイシェントハラスメント急増の実態|心の余裕を失った社会

ペイシェントハラスメント急増の実態|心の余裕を失った社会

近年、医療現場において「ペイシェントハラスメント」が問題化されています。患者やその家族が医療従事者に対して行う不当な言動や行為を指すこの問題は、今や医療従事者の離職率や医療サービスの質低下にも影響を及ぼす深刻な社会問題となっています。本記事では、ペイシェントハラスメントの実態を解明し、なぜこのような状況が生まれているのか、その背景と対策について考察します。

ペイシェントハラスメントとは何か~増加する医療現場での暴言・暴力

ペイシェントハラスメント(患者によるハラスメント)とは、患者やその家族が医師、看護師、医療スタッフなどの医療従事者に対して行う、理不尽な要求、暴言、暴力、脅迫、セクシャルハラスメントなどの行為を指します。具体的には以下のような事例が報告されています。

「予約時間に呼ばれなかった」という理由で受付スタッフに罵声を浴びせる、待ち時間が長いことに腹を立て医療器具を投げつける、希望する薬が処方されないことに怒り、医師を脅す、看護師の身体を触るなどの性的嫌がらせを行う、深夜に些細な用事で何度もナースコールを押し続ける、SNSで医療従事者の個人情報を晒すなどの行為です。

調査によれば、看護師の約7割が患者やその家族から何らかのハラスメント行為を受けた経験があると回答しています。特に救急医療の現場や夜間診療では、アルコールや薬物の影響下にある患者からの暴力行為が増加傾向にあります。

さらに、これらのハラスメント行為が単発で終わらず、執拗に繰り返されるケースが少なくないことです。あるベテラン看護師は「同じ患者さんから毎日のように『お前は使えない』『こんな看護師は必要ない』などと言われ続け、精神的に追い詰められた」と証言しています。

医療現場では患者のプライバシー保護や医療サービスの継続性の観点から、こうした問題が表面化しにくく、医療従事者が一人で抱え込んでしまうケースも多いのです。

昨今のペイシェントハラスメント急増の背景~変わる医療観と社会構造

ペイシェントハラスメント急増の実態|心の余裕を失った社会

かつて日本では、医師は「白い巨塔」と称され、絶対的な権威を持つような存在でした。患者は医師の言うことに従い、医療行為に対して疑問を挟むことはほとんどありませんでした。しかし、1990年代以降、インターネットの普及とともに、医療情報へのアクセスが容易になり、患者の権利意識が高まりました。

これ自体は患者の自己決定権の観点から前向きな変化ですが、一方で「医療はサービス業である」という考え方が広まり、中には「お金を払っているのだから要求は全て通るべき」という誤った認識を持つ患者も現れるようになりました。

また、核家族化の進行と地域コミュニティの希薄化も一因として挙げられています。かつては家族や地域が互いに支え合い、病気や怪我の際にも周囲のサポートを得ることができました。しかし現在では、そうした支援基盤が弱まり、全てを医療機関に求める傾向が強まっています。

さらに、医療機関側の問題も指摘されています。医師不足や看護師の過重労働により、一人の患者に十分な時間を割けないことが、患者の不満を募らせる要因となっています。厚生労働省の調査によれば、日本の医師一人当たりの年間労働時間はOECD諸国の中でも突出して長く、その結果、一人の患者に対する診察時間は平均で9分程度にとどまっています。これは欧米諸国の平均値(15~20分)を大きく下回るものです。

経済状況の悪化やコロナ禍によるストレスの増大も、ペイシェントハラスメント増加の背景として無視できません。経済的な不安や生活苦を抱える人々が増え、そのストレスや不満が弱い立場の相手、特にサービスを提供する側に向けられる傾向があります。医療従事者はその最前線に立たされているのです。

医療現場に限らない「カスタマーハラスメント」の広がり

医療現場で起きているペイシェントハラスメントは、実は氷山の一角に過ぎません。同様の問題は、行政機関、教育機関、接客業など様々な分野で「カスタマーハラスメント」として広がっています。

タイムリーな事例を挙げると、芸能人の広末涼子氏による看護師への暴力事件は、社会的注目を集めました。2025年4月に交通事故を起こし、病院に搬送された広末氏が、看護師を蹴ったり引っ掻いたりして怪我を負わせたと報じられています。どのような理由なのかは定かではありませんが、そもそもどんな状況でも暴力はいけません。ましてや手当をする看護師に対して暴行を働くという行動は理解できません。

一方、行政サービスの現場でも、窓口職員に対する暴言や長時間に及ぶクレーム、時には暴力行為などが度々報道されます。福祉手当の申請で必要書類を説明していると、『お前らは税金泥棒だ』『仕事をしろ』などと怒鳴られることが日常茶飯事であるという。

そして教育現場では、些細なことで教師に抗議し、長時間の説明を要求する「モンスターペアレント」の問題が長年指摘されています。最近では、SNSを使って教師の言動を切り取って拡散し、炎上させるケースも増えています。

これらの問題に共通するのは、サービスを受ける側の過剰な権利意識と、提供する側への配慮の欠如です。「お客様は神様」という日本特有の考え方が極端に解釈され、「払った金額に見合ったサービスを得るのは当然の権利」という意識が暴走している面があります。

心の余裕を失った社会|解決への道筋を探る

ペイシェントハラスメント急増の実態|心の余裕を失った社会

かつての日本は「和を以て貴しとなす」文化を持ち、相互理解と譲り合いの精神を重んじる社会でした。しかし、バブル崩壊後の長期経済停滞、非正規雇用の拡大、所得格差の拡大、金融不安などを経て、多くの人々が将来への不安を抱えるようになりました。

「自分さえ良ければいい」という風潮が強まり、他者への配慮や社会全体の調和を考える余裕が失われつつあるように感じられます。SNSの普及により、匿名での攻撃的な言動が容易になったことも、この傾向に拍車をかけています。

ペイシェントハラスメントをはじめとするカスタマーハラスメントの根本的解決には、罰則を強化するだけでなく、社会の在り方自体を見直す必要があるでしょう。

それにはサービスを提供する側と受ける側が互いに尊重し合う関係性の構築が不可欠です。医療機関でいえば、医療従事者は患者の不安や疑問に丁寧に向き合い、患者もまた医療従事者の専門性と労働環境を理解する姿勢が求められます。

公的機関や企業では、ハラスメント対策のガイドライン整備や研修の実施、相談窓口の設置などが進められていますが、それと同時に学校教育や社会教育を通じて、思いやりや他者理解の重要性を伝えていくことも重要です。

「他人の痛みがわかる社会」を取り戻すためには、一人ひとりが自分の言動を振り返り、目の前にいる相手も自分と同じ一人の人間であることを忘れないようにしたいものです。

医療は患者と医療者の共同作業であり、互いの信頼関係があってこそ成り立つもの。ハラスメントが蔓延すれば、結局は医療の質自体が低下し、社会全体の損失になります。

心の余裕を失った現代社会において、私たちは今一度、人と人とのつながりの大切さを見直す時期に来ているのではないでしょうか。ペイシェントハラスメントという問題は、単なる医療現場の課題ではなく、現代日本社会の縮図として捉える必要があるのです。

人間関係の基本は相互尊重です。「してほしいことを相手にもする」という黄金律は、どのような時代においても普遍的な価値を持ちます。医療従事者も患者も、行政職員も市民も、互いに尊重し合える社会を目指して、私たち一人ひとりができることから始めていきましょう。

そして何より、困難な状況にあっても懸命に働く医療従事者に対して、感謝と敬意を持って接することが、より良い医療環境を作る第一歩となるでしょう。ペイシェントハラスメントのない社会は、実は私たち全員の心の持ちようにかかっているのです。

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