なぜ「説明力」は現代ビジネスの生命線なのか
会議でプレゼンをしても相手の反応が薄い、一生懸命説明しているのに「で、結局何が言いたいの?」と聞き返される。こうした経験がある人は決して少なくないだろう。実は、説明が上手い人と下手な人の違いは、知識の量や頭の良さではない。説明という行為に対する根本的な理解と、いくつかの典型的な落とし穴を避けられるかどうかにかかっている。
現代のビジネス環境において、説明力は単なるコミュニケーションスキルの一つではない。それは信頼を築き、プロジェクトを前に進め、自分の価値を証明する重要な武器だ。どんなに優れたアイデアも、どんなに深い専門知識も、相手に正確に伝わらなければ何の意味もない。本コラムでは、説明が下手な人に共通する10の特徴を、その原因とともに深掘りしていく。
特徴1｜結論を最後まで言わない「起承転結」の罠
説明が下手な人の最も顕著な特徴は、結論を最後まで引っ張る傾向にある。これは日本の教育システムが作文で「起承転結」を重視してきた影響が大きい。物語を書くときには効果的なこの構成が、ビジネスの説明では致命的な弱点となる。
聞き手は最初の30秒で「この話は自分に関係があるか」「時間を使う価値があるか」を判断している。結論が最後まで出てこないと、聞き手の頭の中では「この話はどこに向かっているのか」という不安が蓄積し続ける。その結果、途中の説明内容が頭に入らず、最終的に結論を聞いても「で、もう一回最初から説明してくれる?」となってしまうのだ。
この問題の根本原因は、説明する側が「相手を驚かせたい」「盛り上げたい」という気持ちを持ちすぎることにある。しかしビジネスにおいて、説明は娯楽ではなく情報伝達の手段だ。相手が求めているのはサスペンスではなく、効率的な理解である。
特徴2｜前提知識の共有を怠る「呪縛された知識」症候群
専門用語や社内用語を当たり前のように使い、相手が理解しているかを確認しない。これは心理学で「知識の呪い」と呼ばれる現象だ。一度何かを知ってしまうと、それを知らない状態に戻ることができず、相手も当然知っているはずだと錯覚してしまう。
エンジニアが非技術者に「APIを叩いてJSONを取得して」と説明する。マーケターが経営層に「CVRとCPAを改善するため」と報告する。こうした場面では、説明する側は自分の言葉が通じていると信じているが、聞き手の頭の中は疑問符だらけになっている。しかし聞き手は「今さら聞けない」という心理的バリアを感じて黙っており、結果として誤解や認識のズレが生じる。
この問題を避けるには、説明を始める前に「前提の確認」というステップが不可欠だ。「この件について、どのくらいご存知ですか?」と一言聞くだけで、説明のレベルを適切に調整できる。相手の知識レベルに合わせた言葉選びこそが、真のコミュニケーション能力である。
特徴3｜情報を詰め込みすぎる「全部言いたい」病
説明が下手な人は、自分が知っているすべてを相手に伝えようとする。これは一見、親切で誠実な態度に見えるが、実際には相手の理解を妨げる大きな要因となる。人間の脳が一度に処理できる情報量には限界があり、心理学では「マジカルナンバー7」として知られている。一度に7つ前後の情報しか短期記憶に保持できないのだ。
30分のプレゼンで50枚のスライドを使う。報告書に細かいデータを全部載せる。こうした行動の背景には、「情報を省略したら不誠実だと思われる」「突っ込まれたときに答えられないと困る」という不安がある。しかし皮肉なことに、情報過多は相手の集中力を奪い、本当に重要なメッセージを埋もれさせてしまう。
優れた説明者は「何を言うか」と同じくらい「何を言わないか」を考えている。相手にとって本当に必要な情報を見極め、それ以外は思い切って削る勇気を持っている。補足情報は「ご質問があれば詳しく説明します」と添えておけば十分なのだ。
特徴4｜抽象的な表現に逃げる「具体性の欠如」
「しっかり対応します」「なるべく早く」「ある程度の改善」。説明が下手な人の言葉には、こうした曖昧な表現が頻出する。これは一見、柔軟性を保っているように見えるが、実際には責任回避や思考の浅さを露呈している。
抽象的な表現を使う原因はいくつかある。一つは、自分自身が具体的に考えていないこと。「しっかり」とはどういう状態なのか、「早く」とはいつまでなのか、自分でも明確にイメージできていないのだ。もう一つは、具体的に言うことで責任を負いたくないという心理。曖昧にしておけば、後で「そういう意味じゃなかった」と言い逃れができると考えている。
しかし聞き手からすれば、抽象的な説明ほど役に立たないものはない。「来週の水曜日までに」「売上を15%向上させる」「3つの施策を実行する」という具体的な表現があって初めて、相手は行動に移せるし、評価の基準も明確になる。具体性は信頼の源泉である。
特徴5｜一方的に話し続ける「モノローグ」スタイル
説明を「自分が話すこと」だと捉えている人は、相手の反応を見ずに一方的に話し続ける。これは説明というよりも演説やスピーチに近い。しかしビジネスにおける説明の本質は、対話を通じた相互理解にある。
一方的な説明が失敗する理由は明白だ。相手が理解しているか、疑問を持っているか、興味を失っているかを確認しないまま進むため、どこかで理解の齟齬が生じても気づけない。結果として、説明が終わった後に「実は最初のところからわかっていなかった」という事態が発覚する。
優れた説明者は、定期的に相手の理解を確認する質問を挟む。「ここまでで何か不明な点はありますか?」「イメージできていますか?」といった問いかけが、説明を双方向のコミュニケーションに変える。また、相手の表情や身振りから理解度を読み取り、必要に応じて説明のペースや内容を調整する柔軟性も持っている。
特徴6｜構造化されていない「思いつき」説明
頭に浮かんだことから順番に話す。途中で思い出したことを挿入する。話が横道に逸れる。こうした「構造化されていない説明」は、聞き手を混乱させる典型的なパターンだ。
人間の脳は構造化された情報を好む。「まず全体像があり、それが3つの要素に分かれ、それぞれに詳細がある」というような階層構造が理解しやすい。逆に、時系列順にダラダラと話す、思いついた順に話す、関連性のない情報が混在するといった説明は、聞き手の脳に余計な負荷をかける。
この問題の原因は、説明の準備不足にある。頭の中で情報を整理せず、その場で考えながら話すため、論理的な流れが作れない。優れた説明者は、話す前に必ず「骨子」を作る。全体を大きく3つか4つに分け、それぞれの関係性を明確にし、どの順番で話すかを決める。この準備があるだけで、説明の明瞭さは劇的に向上する。
特徴7｜感情と事実を混同する「主観的」表現
「これは絶対に良いアイデアだと思います」「おそらくうまくいくはずです」「個人的には賛成できません」。説明が下手な人は、客観的な事実と主観的な意見を区別せずに話す傾向がある。
ビジネスにおいて、感情や意見が不要というわけではない。しかし、それらは事実と明確に区別されるべきだ。「売上が前年比20%減少している(事実)。これは深刻な問題だと考える(意見)」というように、何が客観的データで、何が個人の解釈なのかを明示することが重要だ。
この区別ができない原因は、自分の考えと現実を同一視してしまう認知の癖にある。自分が「良い」と思ったものは客観的に良いものだと信じ込み、自分が「できる」と感じたことは実際に可能だと考える。しかし聞き手は、根拠のない主観に基づいて判断を下すわけにはいかない。事実に基づいた説明と、それに対する意見を分けて提示することで、相手は自分自身で判断できるようになる。
特徴8｜相手の視点を欠く「自己中心的」説明
「私たちのチームでは」「システムの仕様上」「社内のルールで」。説明が下手な人は、常に自分の立場や視点から話を進める。しかし聞き手が本当に知りたいのは、「それが自分にどう関係するのか」「自分にどんなメリットがあるのか」ということだ。
この問題は、説明を「情報の伝達」と捉えているか、「相手の行動変容」と捉えているかの違いから生じる。前者は「言うべきことを言えば終わり」と考えるが、後者は「相手が理解し、納得し、行動に移せるようにする」ことを目指す。
優れた説明者は、常に「So What?(だから何?)」を意識している。新しい制度を説明するなら、その制度の内容だけでなく、「あなたの働き方がこう変わる」と具体的に示す。システム変更を伝えるなら、仕様の詳細よりも「あなたの業務がこう楽になる」という影響を強調する。相手の立場に立って、相手の関心事項から説明を組み立てる姿勢が、説明の説得力を高める。
特徴9｜例え話や比喩を使えない「文字通り」説明
複雑な概念や抽象的なアイデアを説明するとき、専門用語と定義だけで押し切ろうとする。これは特に専門性の高い分野で働く人に多く見られる傾向だ。しかし、人間の脳は新しい情報を理解するとき、既知の情報との関連付けを行う。適切な例え話や比喩は、この架け橋となる。
「クラウドストレージは、インターネット上の貸し倉庫のようなもの」「機械学習は、子供が経験から学ぶのと似ている」。こうした比喩は、専門知識のない人でも直感的に理解できる入り口を提供する。抽象的な概念が、日常的に経験している事柄と結びつくことで、一気に親しみやすくなる。
例え話を使えない原因は二つある。一つは、相手の知識レベルや経験を想像する力の不足。もう一つは、「簡略化すると正確性が失われる」という完璧主義だ。しかし、最初から100%正確な理解を求めるよりも、まず70%の理解を得て、そこから精緻化していく方が効果的だ。例え話は正確性と引き換えに理解しやすさを得る、戦略的な選択なのである。
特徴10｜フィードバックを求めない「一方通行」の姿勢
説明が終わった後、「以上です」と言ってすぐに話を切り上げる。質問を促さない。相手の理解度を確認しない。こうした「一方通行」の姿勢は、説明が下手な人に共通する最後の特徴だ。
この背景には、「質問されたら答えられないかもしれない」という不安がある。あるいは、「説明は一度で完結すべきだ」という誤った信念を持っている。しかし現実には、どんなに優れた説明でも、一度で完全に伝わることは稀だ。むしろ、質問や確認のやりとりを通じて、初めて深い相互理解が生まれる。
優れた説明者は、説明の最後に必ず確認の時間を設ける。「何か不明な点はありますか?」だけでなく、「特に○○の部分について、イメージできていますか?」と具体的に聞く。また、相手に要約してもらったり、自分の言葉で説明し返してもらったりすることで、理解の正確性を確認する。説明は対話のスタート地点であって、ゴールではないという認識を持っている。
説明力向上のための根本的な視点転換
これまで見てきた10の特徴に共通するのは、「説明とは情報を一方的に伝えることだ」という根本的な誤解である。しかし、本当の説明力とは、相手の理解状態に応じて柔軟に調整しながら、相互理解を構築していく能力のことだ。
説明が上手い人は、話す前に相手を観察し、話しながら反応を読み取り、話した後に理解を確認する。彼らは「伝えた」ではなく「伝わった」を目標にしている。この視点の違いが、説明の質を決定的に左右する。
また、説明力の向上には、自分の説明を客観視する訓練が欠かせない。自分の説明を録音して聞き直す、同僚にフィードバックをもらう、相手の表情や反応を注意深く観察する。こうした振り返りの習慣が、自分の弱点を認識し、改善していくための第一歩となる。
成長するためには、専門知識を深めることと同じくらい、その知識を他者に正確に伝える力を磨くことが重要だ。説明力は才能ではなく、訓練によって必ず向上するスキルである。今日挙げた10の特徴を意識し、一つずつ改善していくことで、あなたの説明は確実に変わっていくはずだ。
優れた説明者は、組織の中で信頼され、プロジェクトを前に進め、自分のキャリアを切り開いていく。逆に言えば、どんなに優れた能力を持っていても、それを説明できなければ、その価値は他者に認識されない。説明力という武器を手に入れることは、現代のビジネス環境を生き抜くための必須条件なのである。
