介護離職の現状とは
とある会社員Aさんに取材をした。2年前、母親が脳梗塞で倒れ、要介護3の認定を受けたという。突然の出来事に戸惑いながらも、仕事と介護の両立を目指したが、最終的に介護離職を選択せざるを得ない状況となった。この取材を通じて、介護離職の実態、その背景にある問題、そして可能な解決策があるのかどうか考察する。
厚生労働省の調査によると、年間約10万人が介護や看護を理由に離職しているとされている。この数字は氷山の一角に過ぎず、潜在的な離職予備軍はさらに多いと考えられている。取材をしたAさんは、最初の1年間、有給休暇や介護休業制度を利用しながら、何とか仕事と介護の両立を図ろうとしていた。しかし、母親の症状が安定せず、頻繁な通院や突発的な対応が必要となり、次第に仕事に支障をきたすようになる。上司や同僚の理解はあったものの、責任ある立場にあった私は、最終的に離職を決意せざるを得なかった。
日本は現在のところ、世界に類を見ない速さで高齢化が進んでいる。2021年の統計では、65歳以上の高齢者が総人口の29.1%を占めており、この数字は今後も増加し続け、2040年には35.3%に達すると予測されている。高齢化に伴い、介護を必要とする人の数も増加の一途をたどっており、2000年に導入された介護保険制度は、社会全体で高齢者を支える仕組みとして機能してきたが、介護の需要の急増に追いついていないのが現状である。日本では伝統的に、家族が高齢者の介護を担うという考え方が根強くあるのは確か。しかし、核家族化や少子化の進行により、介護の担い手が不足しているのは身近でも感じているところであり、女性の社会進出に伴い、かつては主に専業主婦が担っていた介護の役割を、働く世代が引き受けざるを得ない状況が増えている。
介護は予測不可能な要素が多く、計画的に進めることは困難である場合が多い。Aさんのケースでは、母親の体調の急変や、突発的な通院の付き添いなど、仕事中に緊急の対応を求められることが頻繁にある上、介護は長期にわたることが多く、精神的・肉体的な疲労が蓄積されやすい。介護保険制度により様々なサービスが提供されてはいるのだが、需要の増加に供給が追いついていないのが現状である。特に、夜間や緊急時のサービス、認知症患者向けのケアなど、専門性の高いサービス供給が不足している。また、地域によってはサービスの質や量に大きな差があるというのも問題である。
◾️経済的負担
そして介護には多額の費用がかかる場合が多い。介護保険でカバーされる部分もあるのだが、自己負担も少なくない。自宅をバリアフリー化する費用や、介護用品の購入など、予想以上の出費を覚悟しなくていけない。これに加えて、離職によって収入が途絶えたことで、経済的な不安はさらに大きくなってしまう可能性もある。
・キャリアの途中で離職することは、将来の再就職やキャリア形成に大きな影響を与えてしまう。
・離職することによる収入の喪失は、現在の生活だけでなく、将来の年金にも影響する。
・仕事を失うことによる喪失感や、先行きの不安は大きな精神的負担となる。
・職場を離れることで、社会とのつながりが薄れ、孤立感を感じやすくなる。
・介護離職者の増加は、日本の労働力人口の減少につながってしまう。
・生産年齢人口の減少により、日本経済の成長の鈍化を招く可能性がある。
・介護離職者の増加は、税収の減少と社会保障費の増大という二重の負担を社会にもたらす。
・現状では女性の介護離職者が多く、これがジェンダー格差を拡大させる一因となる可能性もある。
介護離職の問題は実に複雑であり、そう簡単に解決できるものではないのは読者にもお分かりかと思う。しかし、個々でも、組織でも、小さな取り組みが解決への一助となる可能性はあるだろう。
◾️職場環境の改善
柔軟な勤務制度の導入:在宅勤務やフレックスタイム制の導入により、仕事と介護の両立がしやすくなる。
介護休業制度の拡充:現行の介護休業制度は最長93日間ですが、これを延長したり、分割して取得できるようにするなど、より柔軟な制度設計を確立できるかどうか。
介護に対する理解の促進:管理職を含めた社員教育を通じて、介護に対する理解を深め、介護中の従業員をサポートする文化を醸成する。
◾️介護サービス充実への取り組み
介護職の待遇改善:介護職の給与水準を引き上げ、労働環境を改善する、介護への見方が変わるような施策が、人材不足の解消と質の高いサービスの提供につながる。
サービスの開発:夜間対応や緊急時のサポート、認知症ケアなど、多様なニーズに対応できるサービスの開発
地域格差の解消:都市圏と地方の格差を是正し、どの地域でも同質のサービスが受けられるようにすること。
介護保険制度の見直し:給付と負担のバランスを再検討し、持続可能な制度設計を行うこと。
介護離職者への支援:介護離職者の再就職支援や、離職期間中の所得保障など、セーフティネットの強化
年金制度の見直し:介護期間中の保険料免除や、離職期間を年金額の計算から除外するなどの措置
IoTやAIの導入:センサーやAIを活用した見守りシステムにより、介護の負担を軽減させるような開発
遠隔医療の普及:オンライン診療の拡充により、通院の負担を減らすことができる。
介護ロボットの開発:力仕事や夜間の見守りなど、介護者の負担が大きい部分をロボットが補助することで、介護の質を落とさずに負担を軽減することができる。
家族だけで介護を抱え込むのではなく、社会全体で支える意識を醸成することが重要である。また、介護を女性の役割とする固定観念を払拭し、男性の介護参加を促進することが必要ではないかと考える。そして、これは個々の生活にもよるのだが、仕事中心の生活スタイルを見直し、介護や育児などのライフイベントと仕事の両立を当たり前とする社会の風潮というのか、雰囲気づくりが必要なのではないだろうか。
取材を行ったAさんは、介護離職から1年が経過した後も、母親の介護は継続しているが、地域の介護サービスをうまく活用することで、自分の時間も少しずつ持てるようになったという。また、オンラインで受講できる資格取得講座に挑戦するなど、将来の再就職に向けた準備も始めているようである。本人の意志の強さや仕事復帰へのモチベーションにも絡んでくるが、常に前向きな気持ちで、目の前の問題と上手に付き合っていきながら、自分のライフスタイルに知恵と工夫をしていくことも忘れてはならない。介護離職という重たいワードではあるが「誰もが介護する側にも、される側にもなり得る」ということ。この問題は決して他人事ではなく、社会全体で取り組むべき課題である。