「毎年、会社全体で旅行に行きました。数百人規模です。温泉地に泊まって、宴会では上司と部下の垣根を越えて盛り上がりました。翌日はゴルフや観光。これが年中行事だったんです。」
また、多くの企業で毎年開催されていた運動会も、従業員の結束を強める重要な機会だった。「運動会は単なるレクリエーションではありませんでした。社長から平社員まで一緒になって汗を流す。これが会社の一体感を生み出していたんです。」
しかし、これらのイベントへの参加は事実上強制であり、休日返上で参加せざるを得ないケースも多かった。表面上は従業員の親睦を深めるためのイベントではあるが、実質的には会社への帰属意識を高めるための洗脳の場としての側面もあったのではないだろうか。プライベートの時間を会社に捧げることが当然視される風潮を作り出していた。
「終身雇用」と「年功序列」の確立
高度経済成長期に確立された日本的雇用慣行の特徴として、「終身雇用」と「年功序列」が挙げられる。これらの制度は、従業員に強い安心感を与え、会社への忠誠心を高める役割を果たした。
一度入社すれば、定年まで雇用が保証されるという安心感があった。給与も勤続年数に応じて自動的に上がっていく。だからこそ、会社のために命を懸けて働こうという気持ちになれた。
この「終身雇用」と「年功序列」の制度は、日本企業の強さの源泉とも言われた。従業員の長期的な育成が可能になり、技術やノウハウの蓄積につながったのである。
しかし、この制度には負の側面もあった。終身雇用制度は、従業員の転職を事実上不可能にしたが、一度入社したら、よほどのことがない限り会社を辞められない。これが、過酷な労働条件を受け入れざるを得ない状況を生み出したのかもしれない。
「家族主義的経営」の功罪
高度経済成長期の日本企業では、「家族主義的経営」が広く行われていた。これは、会社を一つの大家族と見立て、経営者が従業員の面倒を親のように見るという考え方だ。
「社長は従業員のことを『うちの子たち』と呼んでいました。結婚式には必ず出席してくれましたし、病気で入院した時は見舞いに来てくれた。本当に家族のような雰囲気でしたね。」
この「家族主義的経営」は、従業員の忠誠心を高め、一体感のある職場を作り出す上で大きな役割を果たした。しかし、その一方で従業員の自立を妨げる面もあった。
この経営スタイルは、家族主義的経営として、従業員を『永遠の子ども』のような存在にしてしまった。自己決定権を奪い、会社への依存を強める。結果として、過剰な忠誠心や自己犠牲を美徳とする風潮を生み出したのだろう。
「単身赴任」文化の誕生
高度経済成長期には、「単身赴任」という働き方が一般化し始めた。これは、家族と離れて一人で赴任先で働くという形態だ。
入社して5年目、突然の辞令で九州支社への転勤を命じられ、家族は東京に残し、自分一人が赴任することになった。当時は『仕事のためなら当然だ』と思っていたが、今思えば家族との時間を奪われていたと当時の人は語る。
この「単身赴任」は、企業にとっては人材を効率的に配置できるメリットがあった。しかし、労働者とその家族にとっては大きな負担となった。
ある社会学者は、単身赴任の問題点をこう分析する。「単身赴任は、仕事を家庭より優先する価値観を強化しました。家族との別居を当然とする風潮が、ワークライフバランスの概念が根付かない要因の一つになったと言えるでしょう。」

「社内結婚」の奨励
高度経済成長期には、多くの企業が「社内結婚」を奨励していた。これは、同じ会社の従業員同士の結婚を指す。
「会社主催の運動会やレクリエーションで、独身社員同士の出会いの場が設けられていました。結婚すると祝い金がもらえるし、社宅に入居できる。だから、自然と社内結婚が増えていきましたね。」
この「社内結婚」の奨励には、企業側の狙いがあった。ある労働問題研究者は次のように分析する。「社内結婚は、従業員の会社への帰属意識をさらに高める効果がありました。夫婦ともに同じ会社で働くことで、生活のすべてが会社を中心に回るようになる。これが、より一層の忠誠心と献身的な働き方につながったのです。」
しかし、この慣行にも問題点があった。ジェンダー問題に詳しい社会学者は、こう指摘する。「社内結婚は、しばしば女性の キャリア形成を妨げる要因となりました。『夫が同じ会社にいるのだから、妻は補助的な仕事で十分』という考えが、女性の昇進を遅らせる原因の一つとなったのです。」
「社員寮」生活の実態
高度経済成長期には、多くの企業が若手社員向けに「社員寮」を提供していた。これは単なる住居ではなく、会社の文化や価値観を叩き込む場でもあった。
「朝は6時に起床。全員で体操をして、食堂で朝食。夜は門限があって、外泊は許可制。まるで軍隊のようでした。でも、先輩後輩の絆が深まり、会社への帰属意識も高まりました。」
この「社員寮」生活は、若手社員を会社の価値観に染め上げる役割を果たしていた。社員寮は、会社の『洗脳装置』とも言える存在であった。プライバシーがほとんどない環境で、四六時中会社のことを考えさせられる。これが、後の『モーレツ社員』を生み出す土壌となったのではないだろうか。
「社内運動」の隆盛
高度経済成長期の特徴的な現象として、「社内運動」の隆盛が挙げられる。これは、生産性向上や品質改善を目指して、全社を挙げて取り組む運動のことだ。
「『品質向上運動』や『コスト削減運動』が次々と展開され、毎日朝礼で掛け声をかけ、目標達成のために残業も厭わない。達成すると表彰があり、みんな必死であった。
これらの「社内運動」は、従業員の意識改革と生産性向上に一定の効果があった。しかし、その一方で従業員に過度の負担を強いる面もあった。
ある経営学者は、この現象をこう分析する。「社内運動は、従業員の自発性を引き出すという名目で、実質的には長時間労働や過度の競争を強いるものでした。会社の目標を個人の目標として内面化させる。これが、後の『過労死』問題につながる素地を作ったと言えるでしょう。」
まとめ|光と影が交錯した時代、そして新しい「働き方」へ
高度経済成長期の日本人の働き方は、まさに光と影が交錯した時代だったと言える。一方では、驚異的な経済成長を支えた「企業戦士」たちの献身的な姿があった。彼らの努力が、日本を世界有数の経済大国へと押し上げたことは疑いようがない。
しかし他方では、過酷な労働環境、家庭生活の犠牲、そして後の「過労死」問題につながる働き方の萌芽もあった。「モーレツ社員」や「社畜」という言葉に象徴される、仕事に人生のすべてを捧げるような働き方は、現代の視点から見ればあまりにも極端だったと言わざるを得ない。
ある労働問題研究者は、この時代を次のように総括する。「高度経済成長期の日本人の働き方は、日本の経済発展という光をもたらした一方で、労働者の人権や健康、家庭生活という影の部分も生み出しました。この時代の経験は、効率や成長だけでなく、個人の尊厳や生活の質を大切にする働き方の重要性を私たちに教えてくれているのです。」
現代の日本は、この高度経済成長期時代と向き合いながら、新たな働き方を模索している。長時間労働の是正、ワークライフバランスの推進、多様な働き方の実現など、様々な取り組みが行われている。これらは、高度経済成長期の経験を踏まえた上で、より人間らしい働き方を目指す試みだと言えるだろう。
高度経済成長期の日本人の働き方は、確かに過酷で非人間的な面もあった。しかし、その経験があったからこそ、現代の私たちは「より良い働き方とは何か」を真剣に考え、追求することができるのである。この意味で、高度経済成長期は、日本の労働の歴史における重要な転換点であり、今なお私たちに多くの教訓を与え続けている時代なのだ。
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