老後の不安の9割は金銭ではない|見落とされる「つながり貯金」という資産形成

老後の不安の9割は金銭ではない|見落とされる「つながり貯金」という資産形成

孤独の肖像

「老後2000万円問題」という言葉が世間を騒がせてから、多くの人が老後の資金計画に頭を悩ませている。年金だけで暮らしていけるのか、医療費はどれくらいかかるのか、介護が必要になったらどうするのか。確かに、これらは切実な問題だ。しかし、実際に高齢期を迎えた人々の声に耳を傾けると、意外な事実が浮かび上がってくる。本当に心を蝕むのは、通帳の残高ではなく、誰とも言葉を交わさない日々の静寂なのである。

金銭的不安という「見えやすい敵」の陰で

私たちは数字で表現できるものを恐れる傾向がある。貯蓄額、年金受給額、生活費の試算。これらは具体的で、計算可能で、対策も立てやすい。ファイナンシャルプランナーに相談すれば、きちんとしたシミュレーションを出してくれるだろう。書店に行けば、老後資金に関する書籍が山積みになっている。

ところが、孤独という問題は輪郭がぼやけている。どんな孤独に包まれるのか、どの程度の人間関係があれば十分なのか、明確な基準など存在しない。だからこそ、私たちはこの問題を先送りにしてしまう。金銭面の準備には熱心でも、人間関係の構築には無頓着な人があまりにも多いのだ。

心理学の研究では、一定以上の経済水準を超えると、お金と幸福度の相関関係は極めて弱くなることが示されている。つまり、基本的な生活が営める程度の資金があれば、それ以上の蓄えが幸福感を大きく左右することはないというわけだ。むしろ、人生の満足度を決定づけるのは、良質な人間関係の有無である。ハーバード大学が75年以上にわたって追跡した研究でも、老年期の幸福度を最も強く予測する要因は、50歳時点での人間関係の質だったという結果が出ている。

「まだ大丈夫」という錯覚が生む落とし穴

働いている間、私たちは否が応でも自然と人間関係の網の目の中にいる。職場の同僚、取引先、上司や部下。好むと好まざるとにかかわらず、日々誰かとコミュニケーションを取らざるを得ない環境に身を置いている。子育て中の親であれば、学校行事や習い事を通じて他の保護者と顔を合わせる機会もあるだろう。

こうした状況下では、自分が孤独になるという事態をリアルに想像することが難しい。「退職したら地域のボランティアに参加しよう」「趣味の集まりに顔を出そう」などと漠然と考えてはいても、具体的な行動計画を立てている人は少ない。

ところが、退職という節目を境に、状況は一変する。毎日顔を合わせていた同僚とは疎遠になり、仕事関連の人脈は急速に色褪せていく。子どもが独立すれば、学校関係のつながりも消滅する。配偶者がいれば多少は心の拠り所となるが、先立たれる可能性もあるし、そもそも夫婦関係が希薄な場合もある。

さらに厄介なのは、高齢になればなるほど、新しい人間関係を構築するハードルが上がることだ。若い頃なら、新しいコミュニティに飛び込む体力も好奇心もあった。しかし、70代、80代になって、見知らぬ集団の中に一人で入っていく勇気を持つ人がどれだけいるだろうか。身体的な制約も増えてくる。外出すること自体が億劫になり、家に閉じこもりがちになる。こうして孤独のスパイラルが始まるのだ。

孤独がもたらす想像以上の実害

孤独を単なる感情の問題だと軽視してはいけない。近年の医学研究によって、孤独が人体に及ぼす悪影響の深刻さが次々と明らかになっている。

アメリカのブリガムヤング大学が行ったメタ分析によれば、社会的孤立は死亡リスクを約30%も高めるという。これは肥満や運動不足がもたらすリスクよりも高い数値だ。別の研究では、慢性的な孤独感が、1日15本の喫煙に匹敵する健康被害をもたらすことも報告されている。

なぜ孤独がこれほどまでに身体を蝕むのか。人間は本来、社会的な生き物である。進化の過程で、集団の中で生きることを前提とした身体機能を発達させてきた。孤立状態は脳にとって強いストレス信号となり、コルチゾールなどのストレスホルモンが持続的に分泌される。これが血圧を上昇させ、免疫機能を低下させ、炎症反応を引き起こす。心臓病、脳卒中、認知症のリスクが高まるのも当然の帰結だ。

精神面への影響も看過できない。孤独な高齢者はうつ病を発症しやすい。日々の生活に張り合いがなくなり、食事も適当になり、身だしなみにも無頓着になる。こうした悪循環が、さらなる社会的孤立を招いていく。

経済的な側面から見ても、孤独は大きな負担となる。人間関係が希薄だと、ちょっとした困りごとを気軽に頼める相手がいない。電球一つ替えるのに業者を呼ばなければならず、余計な出費がかさむ。詐欺のターゲットにもなりやすい。誰にも相談できないまま、怪しい投資話や高額商品の購入に応じてしまうケースは後を絶たない。

「つながり貯金」という新しい発想

ここで提案したいのが、「つながり貯金」という考え方だ。金銭的な貯蓄と同じように、あるいはそれ以上に、人間関係という資産を積み上げていくという発想である。人間関係は時間をかけて少しずつ育んでいくしかない。信頼は日々の小さな交流の積み重ねから生まれる。だからこそ、早めに始める必要がある。

では、具体的にどのような「つながり」を構築すればいいのか。ここで注意したいのは、量よりも質を重視することだ。SNSで何百人もの「友達」がいても、本当に困ったときに助けてくれる人がいなければ意味がない。むしろ、少数でも深い信頼関係で結ばれた相手がいることのほうが、はるかに価値がある。

理想的なのは、複数の異なる層のつながりを持つことだ。同世代の友人だけでなく、若い世代や年上の世代とも接点があると、視野が広がる。趣味の仲間、地域のコミュニティ、ボランティア活動などを通じて、職場以外の人間関係を今から育てておくことが肝心だ。

特に男性は注意が必要である。一般的に、男性は退職後に社会的孤立に陥りやすいと言われている。現役時代は仕事人間として会社に人生の多くを捧げてきたが、退職と同時にアイデンティティを失い、居場所がなくなってしまうケースが多い。妻を介した友人関係に依存していた場合、妻に先立たれると一気に孤立してしまう。

一方、女性は比較的、仕事以外の人間関係を維持するのが得意な傾向がある。ご近所づきあいや学校関係のつながりを大切にし、退職後もスムーズに地域社会に溶け込んでいけることが多い。ただし、これも個人差があり、キャリア一筋で生きてきた女性の中には、男性と同じ問題に直面する人もいる。

小さな習慣が未来を変える

つながり貯金を始めるのに、大げさな行動は必要ない。むしろ、日常の些細な習慣の積み重ねこそが重要だ。

例えば、ご近所さんに挨拶するという当たり前の行為。これを毎日続けるだけで、顔見知りが増えていく。ゴミ出しのタイミングが合ったときに少し立ち話をする。それだけで、お互いの存在を認識し合う関係が生まれる。地域の清掃活動に年に数回参加する。回覧板を回すときに一言添える。こうした小さな接点の蓄積が、いざというときの助け合いにつながる。

趣味のサークルに定期的に顔を出すことも効果的だ。ポイントは、「続けること」にある。月に一度でもいいから、同じメンバーと繰り返し会う機会を作る。共通の興味関心があれば、会話も弾みやすい。年齢や職業が違っても、フラットな関係を築ける。

最近では、オンラインコミュニティも選択肢の一つだ。身体的な制約があっても参加しやすく、地理的な制限もない。ただし、オンラインだけでなく、対面での交流も大切にしたい。直接会って食事をしたり、一緒に何かを体験したりすることで、関係はより強固になる。

家族との関係も見直してみよう。子どもが独立してからも、適度な距離感を保ちながら定期的に連絡を取り合う。孫がいれば、その成長を見守る楽しみもある。ただし、家族にすべてを依存するのは危険だ。子どもには子どもの人生がある。過度な期待は関係を悪化させかねない。

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