消費税がなかった頃の驚きの日本とは|今とは異なる「別世界」で育まれていた信頼関係

外食の「気軽さ」が段違いだった

消費税導入前の外食には、今とは違った気軽さがあった。メニューに書かれた価格が支払額のすべてだったからである。

ラーメン屋でメニューを見る。「醤油ラーメン500円、チャーシュー麺650円、餃子300円」と書かれていれば、それが会計額だった。友人と二人で行って、「ラーメンと餃子で800円だから、二人で1,600円だな」という計算が、そのまま成立した。会計時に「1,600円です」と言われる安心感は、外食の心理的ハードルを大きく下げていた。

喫茶店のコーヒーも然りである。「ブレンドコーヒー350円」とメニューにあれば、財布に400円あれば確実にお釣りが来た。学生が限られた予算で友人と語り合う場所として、喫茶店は重要な役割を果たしていた。350円という価格に対する信頼が、気軽な立ち寄りを可能にしていたのである。

ファミリーレストランの楽しみ方も変わった。家族4人で外食する際、親は事前に予算を立てる。「一人1,000円として、4,000円で収まるようにしよう」という計画が、メニューを見ながらそのまま実行できた。子供たちも「お子様ランチ580円とジュース150円で730円だから、デザートも頼めるかな」という計算が、そのまま通用した。

特筆すべきは、割り勘の簡単さである。4人で食事をして合計が8,000円なら、一人2,000円ちょうど。「お釣りは?」「いくら足りない?」といった面倒な計算が発生しにくかった。居酒屋で10人が飲んで40,000円なら、一人4,000円。この明快さが、日本の飲み会文化を支えていたとも言える。

「価値」と「価格」の一致が生んだ信頼

消費税のない時代、商品の価値と価格の関係は今よりも直接的だった。1,000円の品物は1,000円の価値を持つという、シンプルな等式が成立していたのである。

デパートで陶器の茶碗を買う場面を想像してほしい。職人が丹精込めて作った茶碗に「3,000円」という値札がついている。その3,000円は、職人の技術、材料の質、そしてその茶碗を使う日々の喜びという総体的な価値を表していた。消費税という中間項が介在しないため、価格そのものが茶碗の価値を体現していたのである。

この直接的な関係は、消費者の価値観形成にも影響を与えていた。「この服は8,000円の価値がある」と判断して購入すれば、支払うのも8,000円だった。価格と価値が完全に一致していたため、買い物における意思決定がシンプルだった。「本当は7,500円くらいの価値だけど、税込みだと8,100円払わないといけないから微妙だな」といった、ねじれた判断をする必要がなかったのである。

骨董品や美術品の取引では、この純粋さがより顕著だった。掛け軸に50万円という値がつけば、それは純粋にその掛け軸の芸術的・歴史的価値を反映していた。「本体価格」と「税込価格」という二重構造がないため、価格交渉もシンプルだった。「50万円では高い。45万円ならどうか」という交渉が、そのまま成立したのである。

また、中古品市場でも同様だった。リサイクルショップで「この自転車、5,000円」と書かれていれば、それがその自転車の現在価値を示していた。使用感、残存寿命、需要と供給のバランス、これらすべてを考慮した価格が、そのまま取引価格となる。消費者は「5,000円払って、5,000円分の価値を得る」という明快な取引ができたのである。

旅行の予算が「読みやすかった」時代

あの頃は各種サービスの価格が明確で、予算の計算が容易だった。

旅行代理店のパンフレットを開く。「箱根温泉一泊二食付き、一人15,000円」と書かれていれば、夫婦二人で30,000円、子供料金が半額で7,500円とすれば、家族三人で52,500円。これに交通費が往復で一人3,000円だから三人で9,000円。合計61,500円で旅行ができるという計算が、そのまま成立した。

新幹線の切符も同様である。東京から大阪まで13,480円と表示されていれば、その金額を払えば確実に乗れた。往復で26,960円。これにホテル代が8,000円、食事代が5,000円と積み上げていけば、大阪旅行の総予算が正確に算出できた。「思ったより高くついた」という事態が起こりにくかったのである。

修学旅行など、学生の団体旅行では、この明確さが重要だった。限られた予算の中で、食事代、拝観料、お土産代を配分する。「昼食は800円、拝観料が500円、お土産に2,000円使えるな」という計算が、そのまま実行可能だった。引率する教師も、集金した金額で何ができるか正確に把握できたのである。

「1円を笑う者は1円に泣く」の本当の意味

消費税導入前、1円玉の存在感は今とは違っていた。端数が少なかったため、1円玉が財布に溜まることも少なかった。しかし、それでも1円の価値は軽視されていなかった。

駄菓子屋には1円のチョコレートがあった。子供たちは落ちている1円玉を見つけると喜んで拾った。なぜなら、その1円で確実に何かが買えたからである。現在のように「1円なんて何の役にも立たない」という感覚は薄かった。

銀行の預金利息も、1円単位で計算された。普通預金の利息が年2%の時代、100万円を預ければ年間20,000円の利息がついた。この20,000円がそのまま預金に加算された。現在のように利息に対する税金を計算して、さらにその税金に消費税がかかって、という複雑な計算がなかったのである。

また、商店間の代金決済も1円単位で行われた。問屋から仕入れた商品代金が138,764円なら、その金額をそのまま支払った。「端数は切り上げて139,000円でいいですよ」といった妥協が入る余地は少なかった。1円単位まで正確に取引することが、商取引における信頼の基本だったのである。

景気の「実感」が違った理由

消費税がなかった頃の驚きの日本とは|今とは異なる「別世界」で育まれていた信頼関係

消費税のない時代の景気は、より直接的に実感できた。価格変動が主に需給バランスや経済状況を反映していたため、景気の良し悪しが価格に素直に表れたのである。

バブル期の日本を思い出してほしい。景気が良くなると、商品やサービスの価格が上がった。居酒屋のビールが400円から450円になり、タクシーの初乗りが440円から470円になった。この価格上昇は、純粋に需要の増加と景気の過熱を反映していた。消費税という外部要因がない分、価格変動が景気動向のバロメーターとして機能していたのである。

逆に不況時には価格が下がった。商店街では「特売」「値下げ」の札が目立つようになり、消費者は景気の冷え込みを肌で感じた。この価格変動が、純粋に経済状況を反映していたため、人々の景気に対する実感は今よりも鋭敏だった。

給与の上昇も、より実感しやすかった。月給が25万円から27万円に上がれば、その2万円分、確実に購買力が増した。現在のように、給与は上がっても税金も上がって実質的な購買力は変わらない、という複雑な事態は起こらなかった。給与増=生活の向上という、明快な図式が成立していたのである。

まとめ|あの時代を振り返る意味

消費税のない時代を振り返ることは、単なるノスタルジーに浸るためではない。それは、経済取引における「シンプルさ」がもたらしていた価値を再認識する作業である。

価格と価値が直結していた時代、人々の経済活動はより直感的だった。買い物をする際の判断、貯金目標の設定、予算の管理、これらすべてが明快だった。複雑な税制が介在しない分、経済に対する理解も深まりやすかった。子供たちは自然に金銭感覚を学び、商店主は価格に誇りを持ち、消費者は価格を信頼した。

もちろん、消費税には社会保障の財源確保という重要な役割がある。高齢化が進む現代日本において、安定的な税収確保は不可欠である。この事実を否定するものではない。しかし同時に、消費税という制度が日常生活にもたらした変化を理解することも重要である。

私たちは今、あらゆる価格に税金が上乗せされる世界で生きている。レジで表示される金額を見て、一瞬「高いな」と感じても、それが税込みだと理解している。この「慣れ」は、ある意味で経済取引における感覚を鈍化させているかもしれない。

消費税がなかった時代を知る世代が、若い世代に伝えられることがあるとすれば、それは「価格の明快さがもたらしていた信頼関係」についてだろうか。店が提示する価格が、そのまま支払額であるという、シンプルで誠実な取引の形。その中で育まれていた、商売における信頼と、消費者の確かな判断力。

時代は変わり、税制も変わった。しかし、経済取引における基本的な価値観、つまり「公正さ」と「わかりやすさ」の重要性は、決して色褪せることはない。消費税のなかった時代を振り返ることは、この普遍的な価値を思い起こす機会なのである。

今日も私たちは、税込価格の世界で生きている。レジで中途半端な数字を目にしながら、かつては100円が100円だった時代があったことを、ふと思い出してみる。その記憶は、経済と社会の関係を考える上で、小さくとも確かな視点を与えてくれるはずである。

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